受験失敗しても何とかなる、浪人を考えたときに読んでほしい記事

第一志望に届かなかった。あと1点、あと一歩だった……。
そんな悔しさの中にいるとき、まず頭に浮かぶのは「もう1年、いや受かるまで頑張るべきではないか」という選択肢だと思います。

私は社会人の学びを学生に活かす発信をしていますが、浪人も経験しており、その経験から一つだけお伝えしたいことがあります。

それは、浪人は一浪まで(医学部など、ある特定の学部に入らないと夢がかなわない場合は除きます)に留めて、まずは次のステージへ進むという選択も、非常に前向きで合理的な決断だということです。

なぜ、何年も浪人を重ねる必要がないと言い切れるのか。その理由を、学力、人生経験、そして将来の逆転劇という3つの視点からお話しします。

「学力」には、ある種の飽和点がある

これは個人的な感覚かもしれませんが、2浪目以降、思うように成績が伸びなくなってくると思います。浪人時代、多浪の先輩を見てきましたが、劇的に成績が伸びた人はあまりいなかった印象です。

1浪目は、現役時代の穴を埋めることで劇的に成績が伸びる時期です。しかし、2浪、3浪となると、新しいことを学ぶよりも「今の実力を維持する」「ケアレスミスを減らす」という守りの勉強が中心になるからだと考えられます。

受験勉強は、ある意味で非常に特殊なトレーニングです。同じ参考書、同じ問題集を何年も解き続けると、脳が刺激に慣れてしまい、思考の鮮度が落ちてしまうこともあります。成績が「頭打ち」だと感じたら、それはあなたが怠けているのではなく、「今のフィールドでの学びを、もう吸収し尽くした」というサインかもしれません。

浪人のメンタル的負担

浪人生活が長引くと、生活圏は「家と予備校」だけになり、人間関係も固定化されます。この「閉鎖的な環境」は、メンタルヘルスに非常に悪影響です。

「受からなければ価値がない」という強迫観念に囚われ、視野が狭くなり、心が折れてしまう。これが多浪の最大の弊害です。私は1浪しましたが、今での人生で一番辛い時期だったと思います。中々成績が伸びず、八つ当たりして家の壁を破壊したこともありました(笑)この経験でメンタルの部分など成長できたことも沢山ありますが、2浪人以降はこれ以上学ぶことはなく、相当な志がない限りはメンタルにも悪影響を及ぼすと思っています。

一方で、たとえ第一志望でなくても大学に進学すれば、そこには新しい出会い、海外留学、インターン、ボランティアなど、「社会の生きた学び」が溢れています。 机にかじりついて問題集を何周もするよりも、できるだけ早く社会の荒波に揉まれる方が、人間としての解像度は格段に上がります。

「学歴」も「理想」も、後からいくらでも上書きできる

もしあなたが「学歴フィルター」や「大学名」を気にして浪人を決意しているなら、安心してください。今の時代、逆転のチャンスは何度でも用意されています。

① 大学院での「戦略的アップデート」
理系はもちろん、文系でも、大学院で他大学(志望していた上位校など)に挑戦するのは非常に有効な手段です。大学入試ほどの多科目負担はなく、専門性と英語、面接で勝負できる「ブルーオーシャン」です。 「学部はA大学、院はB大学」という経歴は、社会に出れば「最終学歴」として正当に評価されます。4年間しっかり大学で学び、満を持して院試に挑むのは、大人の世界ではごく一般的なステップアップです。

② 就職・転職での逆転
新卒の就活で理想が叶わなくても、そこがゴールではありません。社会人になれば、問われるのは「どこの大学を出たか」よりも「今、どんな価値を提供できるか」です。 最初の会社でスキルを磨き、数年後に転職して憧れの企業へ行く。これは、浪人を重ねるよりも遥かに効率的で、自分を成長させるルートです。

チャンスは、これからいくらでもある

浪人を検討しているときは、どうしても「この入試に受からなければ、もう道がない」という感覚に陥りやすいものです。

しかし、一歩引いて人生を俯瞰してみれば、受験は大きな流れのほんの一点に過ぎません。

  • まずは一浪まで全力で走り抜ける。
  • それでも届かなかったら、まずは受かった環境を受け入れ、そこで暴れ回る。
  • そして、数年後の「院試」や「就職」で、もう一度挑戦する。

社会人の視点から見れば、このように「場所を変えて勝ちに行く」人の方が、たくましく、しなやかな強さを持っていると感じます。

あなたの価値は、一つの試験結果だけで決まるものではありません。これから先、いくらでも夢を叶えるチャンスはあります。まずは肩の力を抜いて、長期的な視点で自分の未来を描いてみてください。

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